○ ○ ○ 奥尻物語 ○ ○ ○

              

                           鍋釣岩に夕陽が沈む

 旅の初めに・・・

 2016年6月、離島めぐりの今回は奥尻島とする。 事前の調べではフェリーで2時間程度、ワインや日本酒も醸造しており、温泉もあり、何より海に囲まれているためウニ、アワビ、ツブなど味覚がいっぱいである事が魅力である。ツアーなのでのんびりと出かけることにした。

                江差、瀬棚の両方からフェリーが運航                 車で1周、およそ2時間程度

    ☆ 出発

   札幌~瀬棚、バスで5時間。2階建てバスの眺望は抜群    バスの名前は「ドリーム観光、スリーナイン」

           本日前半は雨・雨・雨 乗車席の前にはモニターテレビ、全面が見える     中山峠の売店には80cmのウドが並ぶ

 退屈しのぎにポケットウイスキー            御つまみは豊富  特製オリーブの葉入れの五目オニギリがうまい

                車内で配布された資料で、本日の宿泊温泉ホテルをチェック

    ☆瀬棚町フェリー乗り場

       瀬棚フェリー港に到着             瀬棚は風力発電        ようこそ瀬棚、マタセタナ

 瀬棚~奥尻は1日1便、江差~奥尻が1日2便  瀬棚~奥尻~江差を、このフェリーが運航   2,248トン、全長77m、巾15m、定員484名

    ☆奥尻島 到着

            2時間をくつろぐ        奥尻港、マスコットのウニマル君          観光案内所、総出でお迎え

    ☆島内観光

 フエリーに乗ってきた「スリーナイン999」が走る       タヌキに注意の看板  奥尻町の人口は2,881人、タヌキはまだ多いと言う

ブナの木、離島北限。ブナの原生林が島の約60%を覆う     山や野にはウツギの花が色とりどり         長距離を移動する「アサギマダラ」

  マーキング調査で捕獲場所・年月日・連絡先を記入

 旅をするアサギマダラ(蝶)

 アサギマダラは長距離を移動することで有名な蝶である。

 日本全土から朝鮮半島、中国、台湾、ヒマラヤ山脈まで広く分布するそうだ。アサギマダラの成虫は長年のマーキング調査で、秋に日本本土から南西諸島・台湾への渡り個体が多く発見され、または少数だが初夏から夏にその逆のコースで北上している個体が発見されていると言う。

 1日あたり200 km以上の速さで移動したり、和歌山県から放たれたマーキングしたアサギマダラが、83日後の12月31日に約2,500 km離れた香港で捕獲された例もあるという。

 ここ奥尻島では、1800km離れた鹿児島から飛来したアサギマダラも発見されているそうだ。

 そこで考えられる疑問、この蝶は果たしてフェリーで来るのか、飛行機に乗ってくるのかヒラヒラと海面を泳いでくるかである。考えると今晩は眠られない。アァ~~~

 

    海岸線の景勝地をバスは行く              絶景地            今夜泊まるホテルが見えてきた

             神威岩は猿が右を向いていそう              怪物(左)に吠えているような犬(右)

       島の田んぼ、18戸の米農家が頑張っている                 1日1往復の奥尻~函館線

 奥尻島の夢をかなえた米と銘酒

 北海道の奥尻島は、比較的温暖な気候とブナ原生林からの湧水に恵まれ、ブランド米「奥尻米」が生産されている。

 日本の離島で最北限の米どころである北海道の奥尻島では、明治20年頃から稲作が行われてきた。ブナ林から湧き出る沢水を田に引き入れて生産された奥尻島の米は味がよく、ブランド米「奥尻米」として安定的な需要を得ている。

 しかし現在、奥尻島内に18戸ある米農家は、高齢化と後継者不足の悩みを抱えている。

 2014年度より「地酒開発プロジェクト」を開始した。島内の生産者に依頼し、奥尻島では初となる北海道の酒造好適米「吟風(ぎんぷう)」の試験栽培を実施。0.97ヘクタールの田んぼから50俵(3,000kg)の米を収穫することができた。

 奥尻島には酒蔵がないため、北海道栗山町の小林酒造株式会社に町長自ら足を運び、醸造の協力を得た。清酒の仕込みに使用したのは、島のブナ林から湧き出る天然水約3トン。町営の牧場が所有するトラックでフェリーと高速道を乗り継ぎ、約8時間かけて運んだ米と水から、四合瓶1,800本、一升瓶1,800本の清酒が限定生産された。

           奥尻島では肉牛を放牧                    黒や茶が多い

           1993年の地震で犠牲になった198名の慰霊碑が「時空翔」(じくうしょう)

                時空翔                    奥尻島津波館

         観光協会の職員がガイド                被害状況写真                被害状況写真

                被害状況写真               被害状況写真

            被害状況写真、茫然と立ち尽くす人         被害状況写真、消防車も船も犠牲

   海の幸が揃う高島水産土産所は旨い物が揃う              絶品のなまこ    昔はいくらでも取れたナマコ、今は珍味

   ☆温泉&グルメ

   ツアー客でいっぱいのホテル。右隣には系列のワイン工場       奥尻島随一のリゾートホテル

    ☆奥尻ワイン

          ワイン工場、左奥にホテル緑館                  ワイン工場

          ホテルの部屋の窓からはブドウ畑が広がる                ブドウの新芽が出始めた

 海が育てた葡萄

 奥尻島は、北海道南西部の日本海に浮かぶ周囲約84kmの離島。
透明度が約25mという抜群に綺麗な海で、ウニやアワビ、ホッケなど、多くの種類の魚介類がとれることで有名。
ブナの原生林が島の約60%を覆い、水が豊富な環境でもある。

 このように海と緑が溢れる自然環境の中で、ワインの原料となる葡萄を自社の畑で栽培して9年。
奥尻ワインにミネラル分が多く含まれているのは、時間をかけて潮風が海の恵みを運んでくれたからであり、ワインを飲む時、ほのかに塩の香りが余韻として残るのも特徴である。

 1999年、島に自生する山葡萄の苗木を植えることから始まり、その後ワイン専用品種の栽培を本格的に開始。ドイツやフランスの苗木など、ヨーロッパ品種の栽培にも成功したと言う。

 畑面積は、約27ヘクタール、葡萄品種は、メルロー、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ツヴァイゲルトレーベ、ケルナー、山葡萄など、栽培葡萄は、約65,000本。

 日本のワインは単に甘い、フルーティが多い中、この奥尻ワインはフランスの赤ワインの様なミディアムボディに近い味がし印象に残った。

    ☆名湯

      こんな小さな離島で温泉、幸せ~  ナトリウム・カルシウム・塩化物泉 PH6.58       天然温泉100%掛け流し、茶褐色

       露天風呂から見る夕焼けがこれまた素晴らしい

  源泉温度は64.3℃。 カルシウムが強く浴槽や岩には結晶のひだが

     ☆海の幸と銘酒に酔いしれる

          奥尻島の旅で一番期待した夕食の海の幸、見るだけで皆さん目が点になっていた

         あわび踊り焼き、絶品!          メバルの唐揚げ 刺身はアワビ、ホタテ、タコ、甘エビ、イカ、サーモン 

            モズク          イカ、アワビ、つぶ貝          エビや野菜の煮物

         アワビの味噌和え           ウに入りタマゴ料理            中身はウニ鍋

                ホッケの三平汁               デザート

   奥尻の米で作った日本酒、フルーティ      赤ワインはフランスワインの様

      朝7時のオープンが待ち遠しい           ビュッフェ・スタイル

            フキの煮物     イカの刺身、新鮮でコリコリ、甘い

      海苔の佃煮    フノリの佃煮も現地ならでは  イカの塩辛は漁師が作るから旨い

        茎昆布の煮物       イカの煮物と肉じゃが       サラダ、他に多数

           ホテル前には足湯             ホテルの前の景観

      ☆大景観 

                      透明度が約25mという抜群に綺麗な海

      奥尻島の水平線は、「太陽」という主役と「空と海」という名脇役が活躍する舞台。
     演じられるのは「島時間」の物語、ハジマリ~ハジマリ~。長い長い夏の夕日のひとり芝居。

                          自然がつくりだした奇岩が次から次へと

    ☆花の宴

   標高369mに造られた球島山は、奥尻島災害復興記念                                  6月なれど桜が満開

                               ツツジも満開、心も満開

                                  桜とツツジの競演

                               艶やかな花に見惚れる

   ☆賽ノ河原

賽ノ河原、幼くして我が子を亡くした親が霊を慰める

          道南5霊場の一つ    賽ノ河原、海岸には6haにも及ぶ多数の石積み

   ☆グルメ

     ランチ・タイムは海の幸豊富な人気店へ      一番人気のウニ丼付き贅沢定食

 アワビやイカ刺し、タコ・・・よだれが・・・

                   ツブ               アワビ             ホヤ

           

            ホタテ  ムラサキウニでかるく一杯、もう耐えられません!           これはサービス

        ☆景勝地        

                    大漁祈願を願った宮津弁天宮

                     お社          164段階段を登り下る

階段のあちこちにウニの殻が。カモメやカラスが海から獲り食べた              大金、1万円硬貨を入れました!

                 無縁島

   悲恋物語・・・

 神威脇に住む島の娘・歌子と能登の国から流れてきた清次郎は恋に落ちるが、清次郎の裏切りで離ればなれとなり、歌子は悲しみのあまり清次郎の子を身ごもったまま神威沼に身を沈めた。

 その直後、島へやって来た無縁という名の僧侶は、歌子のために長い弔いを捧げ、
室津島へ渡り断食座禅を組む。
 数日後、海が荒れ波に呑み込まれた僧侶は、後に「無縁島」と呼ばれることになる島へ、
数珠を握りしめたままの姿で流れ着いたという。

 この僧侶が、歌子への裏切りを深く悔やんだ清次郎であったという伝説である。 
 これホントの話。。。

 数珠を持って祈っているお坊さんの姿に見える事から無縁島。

    ☆奥尻島 NO1の景勝地

          鍋釣岩は奥尻一番の観光名所

            誰が穴をあけたのでしょうか?

    ☆これは美味!

                 どれも美味しそうで・・・             全財産使いきってしまいそう

       ツアー会社が奢ってくれた特製お昼の弁当、ご飯の中の海藻がこれまた美味        つい飲みたくなる島の酒

   ☆奥尻島の始まり・・・

  8000年前(縄文時代早期)   道具(網など)を使って魚や貝を捕り、石組炉と土器で煮て食べていた。
  6000年前(縄文時代前期)   地球の温暖化で島が広葉樹におおわれていた。木の実をすりつぶしていた。

  4500年前(縄文時代中期)   地球寒冷化の影響で木の実が不足し、魚貝中心の食生活となる。
  2200年前(続縄文時代)     海を利用して遠隔地と交易(物々交換)していた。

  1300年前(オホーツク文化期) 古代ヤマトの文化につながる遺跡が発見されている。
  1000年前(擦分時代)      本州の人びとに干しアワビとアシカの毛皮を渡し、小刀や鉄鍋などと交換していた。

  近年~~~

  1454年(室町時代)        室町時代の武将が船が難破し奥尻島に漂流。
  1469年(同    )         若狭の僧が草庵を建立した。

  1529年(安土桃山時代)     アイヌがオットセイ漁で来る。
  1689年(江戸時代)        桧山定奉行が統治する。

  1856年(江戸時代:安政3年)  永住人3戸、男9人、女6人の計15人であった。

    ☆また来る日まで・・・

       フェリーで帰りま~す。本日は快晴、波静か

            100名山の羊蹄山も残雪がキレイ

  旅の後で・・・

 奥尻島という所で、不味い食べ物はあるのだろうかとさえ思われた。
 それほど何もかも旨いもんばかりだった。酒もワインも、魚介類も勿論水までも。

 そして空気も景色も温泉も良い。そして島の人々も素朴で良い。漁村特有の浜言葉が潮風と共に味わいが深くなる。

 日本人ならば連日美味しい魚や貝など、飽きる事は無いだろう。住んでみたい所としみじみ考えながら帰途についた。            

                                           終わり

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