スコットランド紀行

                                                                     

                  古代からの要塞エジンバラ城、今でも城門に歩哨が立つ

 

             スコットランド         今回はハワースからネス湖までの周遊

 旅の初めに・・・

 2016年11月、EU離脱を決定したイギリス、離脱後はそのイギリスから更に離脱したいであろうスコットランドを見たいと思い、各安ツアーに応募した。

 朝の連続ドラマ 「マッサン」 が、ウイスキー製造をスコットランドで学んでニッカウイスキーを起業した事は今では誰でも知っている。

 夏目漱石が留学していたのもスコットランド。

 坂本竜馬や維新の志士達を応援したのもスコットランド出身のトーマス・グラバーである。日本の皇室も関わりが深い。

 人口530万人も面積も、北海道と同じである。羊の頭数が3374万3000頭で世界7位、人間の数の6倍以上、これだけでも牧歌的な感じがする。

 さぞ長閑な国と想像し、機上の人となる。

桜のライン桜のライン桜のライン桜のライン桜のライン桜のライン桜のライン

 
   ☆成田→ ドーハ―→ マンチェスタへ
     

     カタール航空はリッチな国、機体は新しく気持ちが良い       エキゾチックな中東の客室アテンダント

             食事は豪華    ワインもお代わりOK      スコットランドのウイスキーもある

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  ☆マンチェスターに到着  

         カタール航空機         マンチェスター空港            マンチェスター市内

 
  ☆バスの旅


    空港を出て10分、早くも牧歌的な牧場が果てしなく続く        住宅は石造り、屋根の煙突は暖炉を焚く為

            個人住宅が並ぶ           アパートが続く           小さな街並

         信号があまりなくロータリーが多い            どことなく違う英国国教会

  スコットランドは地球誕生のころから石が多く、牧場の境界に            石を積み上げて境界とする

                                                      2014年、外務省発表 「羊の頭数の多い国」

羊の頭数の多い国
順位国名生産量(頭)
1 中華人民共和国(中国) 2億215万5600
2 オーストラリア 7261万2000
3 インド 6300万
4 イラン 5022万8000
5 ナイジェリア 4055万
6 スーダン 3984万6000
7 英国 3374万3000
8 トルコ 3111万5190
9 ニュージーランド 2980万3402
10 エチオピア 2933万2382
  日本 1万3300

               ハワーズの鉄道駅        60人乗りの大型バスに25人、ゆったり~~

 

                        テレビ小説「マッサン」

 NHK朝の連続テレビ小説「マッサン」に登場するのが「スコッチウイスキー」 NHK朝の連続テレビ小説である。

 「日本のウイスキーの父」と呼ばれる竹鶴政孝と,彼がスコットランドでウイスキー製造法を学んでいるときに出会った妻のリタとの物語がモチーフになっている。

 その場所はキャンベルタウン。
 スコットランドの西側、キンタイア半島の先端付近に位置する都市である。20世紀の初頭のスコッチウィスキー業界の中心地であった。

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    ハワースイングランド)

             ハワースの街の石畳             「嵐が丘」のモデルの廃墟

 ハワースは、イングランドにある田舎の村。

 『嵐が丘』、『ジェーン・エア』、『ワイルドフェル・ホールの住人 』などイギリスのヴィクトリア朝文学史に多大な影響を与えたブロンテ姉妹が住んでいた村である。

 小説の舞台であるムーアの荒野が広がる。
 19世紀の教会とブロンテ一家が住んでいた牧師館の裏に「嵐が丘」の小説にでてくる「トップ・ウィゼンズ」農家へとつづく小道がある。

            「嵐が丘」

 三姉妹、真ん中がエミリーブロンテ

 ブロンテ一家・三姉妹の二番目、エミリー・ブロンテ唯一の長編小説。

 「世界の三大悲劇」や「世界の十大小説のひとつ」などと評されている。

 イギリス・ヨークシャーのハワースを舞台にした長編小説で、わびしく厳しい荒野(ヒース・ムーア)の自然を背景に、荒々しくかつインモラルなストーリーが展開する。

 物語は「アーンショウ家」と「リントン家」の2つの家で三代に渡って繰り広げられ、とくに「ヒースクリフ」と「キャサリン」との間の愛憎、悲恋、復讐が主要に描かれる。

 「世界の三大悲劇」

 『リア王』(シェークスピア)、『白鯨』(アメリカの小説家・ハーマン・メルヴィルの長編小説。)、『嵐が丘』が「英米文学の三大悲劇」

       街角の飾りは「嵐が丘」を表す       一家が住んでいた家        ブロンテ一家の説明板

        小ざっぱりとした住宅街        教会         父親はこの教会の牧師

             石造りの家が多い     後ろにハワースの集落が広がる          屋根も平たい石

                          地元の中学生か高校生

             昼下がりのバーに入る       暖炉の火が暖かい

   居酒屋のママが勧めるスコッチウイスキー       ウイスキーとビールも飲んで優雅

     ブロンテ一家・三姉妹の兄が飲んだくれていたバー          ブロンテは可愛い人

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      ☆湖水地方

                                   湖水地方

 湖水地方

 氷河時代の痕跡が色濃く残り、渓谷沿いに大小無数の湖(英:lake)が点在する風光明媚な地域で、イングランド有数のリゾート地・保養地としても知られる。

        ハワースのホテルはお馴染のホリディ・イン           朝食は万国共通のハムエッグ

 

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    ☆ウインダミア湖とグラスミア湖

 ウィンダミア

 人口は8,245人でウィンダミア湖から約半マイル (1km) 離れている。

 ウィンダミア湖はたくさんの湖がある湖水地方でも、もっとも大きな湖。

 グラスミア

 ワーズワース(イギリスの詩人)が愛した湖水地方随一の景勝地。

 村を取り巻く丘の麓に輝くグラスミア湖は、湖水地方の中でも最も小さな湖の一つに数えられている。
 長さ1,500メートル、幅640メートルほどの湖は、個人所有の島が一つ浮かぶ、まさに絵に描いたように美しい景観。

  
         グラスミア湖            ウインダミア湖の街          ウインダミア湖遊覧

          1時間のクルーズ           日本語の説明  船長は寒いのに半袖、ヨーロッパ人は脂肪が厚い?

 左下のレークサイドから右上のビアトリクス・ポターまでクルーズ                    日本の紅葉と同じく綺麗

                白鳥がスイスイ                 港に到着

                       渡り鳥が羽を休めている

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   ☆ ビアトリクス ・ポター と ピーターラビット

   ヘレン・ビアトリクス・ポターが住んでいた湖水地方        ピーターラビット             

 

 ヘレン・ビアトリクス・ポター      ポターが住んでいたレイ・カースル    ピーターラビットの表紙

 

 ピーターラビットは、ビアトリクス・ポターの児童書に登場する主役キャラクターであり、シリーズ作品の総称ともなっている。「ピーターうさぎ」 と翻訳されている。

 ヘレン・ビアトリクス・ポター(1866年 - 1943年)は、ピーターラビットの生みの親として知られるイギリスの絵本作家。

 ヴィクトリア時代の上位中産階級に生まれ、遊び相手も少ない孤独な環境で育つ。教育は家庭で行われ生涯学校に通うことはなかった。幼いころから絵を描くことを好み、多くのスケッチを残している。さまざまな動物をペットとして飼育した。

 イングランド北部の湖水地方、ウィンダミア湖の湖畔に建つレイ・カースルという城のような大きな屋敷を借りて住んでいた。

        ☆ ビアトリクス ポターの世界

            「ビアトリクス ポターの世界」 の土産店

                  この建物が「ビアトリクス ポターの世界」

  館内は11月初旬だが早くもクリスマスの飾り           ヨーロッパはどの国もクリスマスは賑やか

   館内のショップには、ピーターうさぎの茶碗         展示コーナーには動物達の人形      池の蛙を子供が見て、離れない

   大人は向かいのショップでウイスキーのお買いもの           チョコレートで出来た靴


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 ☆アフタヌーン・ティー

    ホテルのレストランでアフタヌーン・ティー         真ん中がスコーン         ビールを二つ、飲み比べ

 

  アフタヌーン・ティーはイギリス発祥の喫茶習慣。
  紅茶と共に軽食や菓子を摂る習慣である。日本においては、英国の上流階級文化の精髄の一つとして認識されている。そのため、単に飲食を楽しむだけのものではなく社交の場として使われ、礼儀作法、室内装飾、家具調度、使用されている食器や飾られている花、会話内容など広範な分野のセンスや知識・教養が要求されると思われている。

  しかし、現代の英国においては、上流階級から労働者階級まで広く普及した習慣であり、高級ホテルのティールーム等以外では気どった礼儀作法や堅苦しい会話等とは無縁である。

  食事は上段のサンドイッチ、中断のスコーン(パンの一種)、下段のケーキなどのデザート類の順番で食べるのが礼儀とされている。

  
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 ☆街の景観

              黒いカラス と            黒い犬。 どちらも近寄りがたい

         川を望むテラスでお茶をしている人々               ゆったりしている

          湖水地方の教会          パイプオルガンが豪快


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    ☆スコッチウイスキー飲み比べ

   この2本のウイスキーと大瓶1本を飲んでしまった・・・    薦められた鳩のマークのウイスキーはまろやかで美味しい

   
   ☆ディナー

              地元の有名レストランへ               本日はビール

                   前菜         メインはコレ、イギリスはやはり・・・

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   ☆湖水地方から北の州都「エジンバラ」へ

                   またまた羊の牧場を見ながらバスは行く

            この地方はどこでも風力発電                景色に癒される

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  ☆スコットランドでは、子供の誕生祝いに馬をプレゼント

    この車に馬を乗せてレジャー地へ          人間とお馬ちゃんは仲好し  子供はプレゼントされた馬で練習、さすがイギリス

 こぼれ話・・・

 今回のツアー会社は比較的新しい。だから金額は他社と比較にならないほど各安である。
 ツアーのメンバーは旅慣れた人ばかりで、中には毎月海外旅行していると言う人もいた。殆どがこの会社は初めてという。
 そこに紳士然とした老夫婦がいた。多くは語らず寡黙であるが、どこか品がある。食事のテーブルが、ある日一緒になった。好奇心旺盛の私に応えてくれた。趣味がシャクナゲを育てる事で、日本はおろか世界中にサークルを作り夫婦で回っていると言う。語学も世界中の言葉をそれなりに話すようだ。

 感心したのは、今回はスコットランドに留学している二人のお孫さんに会いに来たと、この時ばかりは相好を崩して多弁になった。聞くと一年に何度もこの地を訪れているようだ。子供も孫も留学させて人間修業をさせているようだ。

 明治維新から日本は先進国イギリスに留学をする人達が多かった。夏目漱石もしかりである。
明治維新では伊藤博文、井上馨、五代友厚、森有礼、
岩倉具視、大久保利通、福沢諭吉などなど・・・

 いまでも留学先はイギリスが多いようだ。伝統と礼儀やマナーを大事にする国である。知識を高め、品性を磨き、自己の人格を高めて人間修養には最適なのであろう。

 初老の老夫婦から有意義なお話を聞く事が出来たが、個人情報ゆえここでは控えたい。旅とは様々な人達とふれ合う醍醐味がある。

 私の仲間の言葉を借りる。教養と教育を知っていますか。教養とは今日、用があるか。教育とは今日、行くところがあるか。現代ではこの様に言い表すのです。家にばかり閉じこもっていては老いるばかりと言うそうです。ムム~ツ。

               ガソリンスタンド  1ポンド140円だから、160円位だろうか。北海油田があるのに高い

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   ☆ディナーはハギス料理

  

     ツアー仲間のアメリカ人と日本人夫婦                            さて本日は何を飲もうか・・・

             前菜はツナサラダ&エッグ          メインはハギスとイギリス定番のポテト

  ☆イギリスの名物料理

   ビニールパック入りのハギス  スコッチウイスキーをベースにしたソースをあしらった、ハギスのプディング        
             スコティシュサーモン
 スコットランドでとれたサーモン、スモークサーモンが有名

 ハギス料理

 茹でた羊の内臓(心臓、肝臓、肺)のミンチ、オート麦、たまねぎ、ハーブを刻み、牛脂とともに羊の胃袋に詰めて茹るか蒸したプディング(詰め物料理)の一種である。

 こってりしており、スコッチ・ウイスキーとともに供せられる。ウイスキーを振りかけて食べることも多い。

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   ☆夏目漱石ゆかりの地 ピトロッホリー

         

       夏目漱石        ピトロッホリーは田舎町         夏目漱石が滞在した別荘

 ピトロッホリー

夏目漱石の「ロンドン塔」に登場するピトロッホリー。

 気分が滅入ってばかりの英国滞在中で一番のお気に入りだったという場所は、エディンバラから列車・バスともに2時間程で行ける自然に囲まれたリゾート地であった。 

 ピトロッホリーは小さな田舎町だが、週末や夏には休暇を過ごす人で賑わう。

 森林浴を楽しめる他、ウイスキー蒸留所や劇場、ショッピングも楽しめる。

 草枕   夏目漱石

 山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

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       ☆イギリス国旗

 このデザインは、イングランドのセント・ジョージ・クロス(普通の十字)と
 スコットランドのセント・アンドリュー・クロス (Xの十字)

 にアイルランドのセント・パトリック・クロス(白地に赤のクロス)を重ねたものになっている。

イギリスの国旗ユニオンフラッグ(ユニオンジャック)

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     エジンバラ 世界遺産)

 スコットランド首都

 地名は「エドウィンの城」の意味。火山の溶岩の上に形成された街であり地盤が強固である。

 スコットランドの東岸、フォース湾に面するこの都市は、グラスゴーにつぐスコットランド第2の都市で、政治の中心。

 同国屈指の世界都市でもある。人口は2006年時点で463,500人。旧市街と新市街の美しい町並みは、ユネスコ世界遺産に登録。

 古くから行政府・商業都市として栄え、金融業や小売業が強い。なお英国国内では、ロンドンに次いで観光客が多い町である。

                       ライトアップしたエディンバラ城

  スコットランドエディンバラにある。キャッスル・ロックという岩山の上に建つ古代からの要塞で、エディンバラのシンボルである。

 人間の定住は紀元前9世紀前後からといわれている。城内で最も古い12世紀初期の建築物であるセント・マーガレット教会堂を除くと、城の建築物のいくつかは16世紀以前のものである。

 エディンバラの要塞は軍事活動の中心地だった。
 エディンバラ城はいまだにセレモニー用として駐留部隊のいる数少ない城である。朝6時から9時まで城の城門歩哨が立ち、スコットランド王
の宝冠の警護に当たっている。 
歴代のスコットランド王の居城

              エディンバラのロイヤル・マイル通り
 「ロイヤル・マイル」と呼ばれるスコットランド有数の歴史地区

            ホリールード宮殿
 
15世紀から、スコットランド国王夫妻の住居として使われてきた。
 現在、宮殿はエリザベス2世の夏季の滞在地として使用されている。

                 ロイヤルマイル          今回はマクドナルド・ホリールード・ホテル

 石畳を歩きながら500年の歴史を噛みしめる     この街には針の様な建物が似合う             観光客が絶えない

                      小高い丘の上の城がシンボル

             城砦から見るエジンバラの街  この街に住むガイドは日本人、まるで吉本の回し物の様、楽しい

                  エジンバラの景観、前方はリース川

                        エジンバラの景観

                      エジンバラの景観

       カラフルなバスを見かけた      2階建てバスは観光客に人気     スコットランドの民族衣装キルト


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     「蛍の光」

 卒業式などで歌われる「蛍の光」は,もともとはスコットランド民謡である。

 「経済学の父」アダム・スミスをはじめ,小説「シャーロック・ホームズ」の作者コナン・ドイル,小説「宝島」の作者ロバート・ルイス・スティーヴンソン,

 電話を発明したグレアム・ベル,ペニシリンを発明したアレクサンダー・フレミングなど,歴史上著名な人物を多数輩出している。

 

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  ☆夕食

             サラダ          メインはスコティシュサーモン             デザート

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          ☆ホテル

            

            夜のエジンバラ  本日のホテルはマクドナルド・ホリーロード              朝食

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    ☆ダイナミック・アース博物館

 ダイナミック・アース博物館

 マクドナルド・ホリールード・ホテルの近く。

 約45億年の地球の歴史が体感できるアトラクション。

 まずはタイムマシンに乗って過去へ。到着するのは地球が誕生する前の世界。

 物語は宇宙の誕生から始まる。熱く燃えたぎる火山、地を揺さぶる地震、すべてを凍らせる氷河期…。地球の歴史が始まって以来、大自然が織り成してきた経過をオーディオ・ビジュアルや展示を通して体感することができる。

 壮大な氷河やそびえ立つ山々を眼下に望む空の旅も爽快でエキサイティングだ。

           ホテルのすぐ前                奇抜な建物            大型バスが次々

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           赤いテレホン・ボックス   主著 は『国富論』(アダム・スミスもここの出身            月ロケット収容所?

                  鉄道始発駅              民族衣装キルトを着る人は多い

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     ウイスキーの本場 スコットランド

         エジンバラで有名なウイスキー           中身のボトル

        これもお薦めのウイスキー              両開きがユニーク

  土産物ショップ

 エジンバラの土産物ショップは油断が出来ない。

 例えばTシャツ2枚で各安特売で売っていても、レジで請求される金額は特売価格ではなく元の正常の価格。指摘するとあわてて間違ったふりをする。ツリ銭も間違う。2度も3度も同じ経験をした。

 カードで支払うと、カードは自分の手元に置いて忘れたふりをして返さない。よくあるケースで、客が帰った後で金を引き出すのであろう。そのような店員の多くは一見してイギリス人ではなく、多分移民や難民の様である。

 それに引き換え、今やどこの国にでもいる中国人のスタッフは真面目であり、どこか日本人に風貌が似ており安心感がある。片言の日本語も話して和ませてくれる。

 中国の経済や国力は疑う余地が無いほど向上している。旅行客も圧倒的に中国人が多い。一時は徒党を組んで黒い服で歩き、大声で喧しかったが改善されつつあるようだ。特に中国人若者のファッションは見違えるほどである。

 中国人若者が外国のショップで活躍しているし、船旅の女性スタッフの笑顔も優しさも素晴らしい。
日本の若者は殆ど見受けない。まだ閉じこもりが多いのかと心配になる。

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  ☆旅の楽しみは 美術館

    
           スコットランド国立美術館 ラファエロ、ティツィアーノ、ベラスケス、レンブラント、ターナー、モネ、ゴッホ等の絵画がある。      フリ―アドミッション(無料)

                       大英帝国は泥棒博物館の異名がある位

              ティツィアーノ             セザンヌ      エル・グレコ

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   ☆坂本龍馬とトーマス・グラバー

 日本とスコットランドとの出会いは,今から約400年前にさかのぼる。

 1603年,スコットランド王ジェームズ6世がイングランド王を兼ねて,ジェームズ1世として即位したのと同じ年,日本では徳川家康が征夷大将軍となり,江戸幕府を開いた。

 徳川家康は,英国人ウィリアム・アダムス(三浦按針)を介して,ジェームズ1世と手紙や贈答品のやりとりを行い,現在でもそのいくつかはロンドン塔に大切に保管されている。

 スコットランド出身のトーマス・グラバーが長崎に来港し,後に「グラバー商会」を開設して長崎屈指の貿易商として活躍し,日本の近代化に大きく貢献したと言われている。

 坂本龍馬の亀山社中に武器を調達し、明治維新の先駆けとなり近代化を推し進めた功労者とも言える。

 (写真はグラバー(右)と岩崎弥之助。岩崎は三菱財閥の2代目総帥。男爵。
 三菱の創業者・岩崎弥太郎の弟にあたる。)

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     スコットランド 景観

            グレート・ハイランド・バグパイプを鳴らして観光客にサービス

  ☆先進国の珍商売

         読書に熱心なインテリ乞食      ついでに乞食でもしてみようか       ワンちゃんも乞食体験?

                            スコットランドの職業乞食

 エジンバラの街を歩いていると乞食が良く目に付いた。しかし彼らを見ていると、貧しさを感じないのである。上の(写真左)はザックを横に置き、厚い本をしきりに読んでいる。乞食が読書をしているのは100カ国旅行で見た事が無い。さすが先進国の乞食はレベルが高いと思ってしまった。(真ん中の写真)のお爺さんはザックを座布団代わりに小奇麗な服装。一風旅行者が体験乞食をしているようだ。

 感心したのは(写真右)の乞食さん、ワンちゃんと同伴である。同じように、別のワンちゃん同伴の乞食さんは、人間もワンちゃんも寒さ防止の為に暖かそうな寝袋にくるまっているではないか。

 どうも不思議なので調べてみた。

 すると、スコットランドには「職業乞食」がいると言う。

 大半が家を持ち、市から福祉の給付を受け取っていながら週に数百ポンドを稼いでいると言う。

 物乞いをするのは「ライフスタイルの選択肢」で、 やむを得ずやっている人は誰もいないという。

 、彼らが本当のホームレスだと信じた住民や観光客から週に200ポンド(約3万円)を得ている人もいると言われているそうだ。 恵みを受けたお金は、大半の人が依存している薬物やアルコールに使われてしまうという。これは先進国病?

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      ☆私はアルコール依存症

   連日ホテルの自室で大宴会、ビール・ウイスキー・サラダ・ツマミ・激辛ラーメンなどなど

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        ☆ネス湖

                    ネス湖            ネス湖エキジビジョンセンター

ネス湖とネッシー伝説にまつわる解読、映像、写真を見学できる。

                        

  ネス湖

 イギリス・スコットランド北部ハイランド地方にある、イギリス最大の淡水湖。長さが約35km、幅約2kmの、非常に細長い湖。
 水深は最大で約230m。ラムサール条約登録地である。岸辺には13世紀に建てられ17世紀に破壊されたアーカート城の廃墟がある。

 ネス湖にはネッシーと呼ばれる未確認動物がいると言われてきた。

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     アーカート城

 中世初期の要塞の上に、13世紀から16世紀にかけて建造されたが、現在は廃墟となっている。

 城は、スコットランドでも大きい湖であるネス湖を見下ろす岬の突端に位置している。

 現在は、スコットランドでも最も観光客の多い城となっている。

          廃墟だが人気のスポット           

 

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  ☆イギリスとEU離脱

 なぜイギリスはEUを離脱したのか?

 第2次世界大戦後、2度と欧州内で戦争を起こさないようにとの思いから欧州統合EUへの道が生まれた。しかし発展途上国からの移民が多くなり様々な問題が発生し「れ以上移民・難民を受け入れられない」となった。

 特にヨーロッパではほとんどの国において、シリアやイラク、北アフリカからの難民受け入れ問題が生じている。

 中でも特に、難民にとってイギリスは人気国である。なぜか?イギリスの社会保障が手厚いからである。

 具体的には、正式な手続きを踏んで難民として受け入れられれば、福祉手当という金銭が与えられたり、無料で医療施設を利用できたり、確実に住居が与えられる。みんな「イギリスは素晴らしい」と言うわけである。

 イギリスが移民・難民受け入れを拒否、あるいは制限するには、EUを離脱しなければならないという結論になった。

 
 どうしてイギリスは移民・難民を受け入れたくないのか?

 それは、国民の税負担が重くなるからである。基本的に難民の衣食住の費用負担は、国の税金から賄われる。

 イギリスは、特別裕福な国ではない。むしろ財政は弱くなったいる。自国の財政もままならない状態で、本来使わなければならないところに税金が行かず、難民の受け入れ費用になってしまう。イギリス国民が不満を持つのも当然である。

 移民が増えると問題になるのが仕事の面である。当然、移民はイギリスに来て、遊んで暮らすわけにはいかないので仕事をする。そうすると、もともとあった仕事をイギリス人と移民で奪い合うわけなので、イギリス人からするとたまったものではない。

 さらには、他国の文化が入り混じることによるイギリス古来の文化喪失、肌合いの悪さ、また治安の悪化などの懸念も叫ばれている。


 何故ドイツは難民受け入れをするのか?

 ドイツはもともと人権を重視する国であり、人道支援に対して極めて積極的。

 ドイツが難民に対して寛容なのは経済的メリットが大きいからである。好調な経済に支えられ税収が大幅に増加、2015年には国債の新規発行が事実上ゼロになり、つまりドイツは無借金国家となっている。

 難民支援に財政支出を行うことは、短期的には難民に給付した支援金がそのままGDPの拡大につながり、長期的には難民に対する職業教育が今後のドイツの産業と成長を担うという仕組みである。EU各国と違うのはこの辺である。

 ドイツは、EUの恩恵をもっとも多く受けた国の一つであり、欧州の中では圧倒的な輸出競争力を持っている。

 ドイツは、ポーランドやハンガリーなど周辺国から安い労働力の供給を受け、付加価値の高い工業製品を欧州域内に輸出することで経済を成り立たせている。

 労働者はむしろ足りない状況にあるので難民受け入れは可能なのである。

 
 イギリスが
EUを離脱した、どうなる?

 一番大きな影響は、「ヨーロッパの中枢マーケットとしての地位陥落」である。

 現在、世界のマーケットは、3つの都市を中心に回っている。

 まずはウォール街で有名なアメリカ・ニューヨーク、そしてアジア圏においては中国・上海、そしてヨーロッパを統括するのはイギリスのロンドンである。この3つを中心にしてマーケットを回すことによって、24時間の取引が可能となるわけである。

 イギリスがEUを離脱すると、これらの企業がロンドンを出て行くであろうと云われている。行先はドイツかフランス。

 そうすると、イギリスでは当然多くの失業者が出る。この影響によって生まれる失業者は、残留派のデータによれば95万人に上ると言われている。

 今、期待されるのは、「氷の女王」と言われる女性の「ティリーザ・メイ新首相」、かっての「鉄の女」サッチャー元首相と同じく女性である。

 ドイツはメルケル、ドイツの女性首相の様に強靭な活躍が出来るかどうか。手腕が期待される。

 EU各国の失業率

 失業率の高い順に
 1位ギリシャ、2位スペイン、3位キプロス、4位ポルトガル、5位イタリア、6位スロバキア、7位フランス、8位ラトビア、9位アイルランド、10位ブルガリア、11位フィンランド、12位スロベニア、13位ベルギー、14位リトアニア、15位ポーランド、16位スウェーデン、17位ルーマニア、18位ハンガリー、19位オランダ、20位エストニア、21位デンマーク、22位オーストリア、23位チェコ、24位ルクセンブルグ、25位マルタ、 26位イギリス、 27位ドイツ

 
 主要国の2016年失業率

  日本3.3%  ドイツ4.0  アメリカ4.9  イギリス5.0   フランス10.1   スペイン19.7

 
 何故EUに加盟したがるか

 EU圏内での貿易や経済活動が自由化される、農業国や貧しい国や地域はEUから補助金が貰える、高速道路や道路網の援助が期待できる。

 しかし、ギリシャやスペインなどの国民性はあまり働きたくない症候群、他の国の批判が寄せられている。

 日本への影響は?

 現在、イギリスに進出している日本企業の数は900社以上である。これはEUではドイツに次ぐ2位の企業数である。さらに、日本の対イギリス直接投資の額は1兆7000億円。これは、アメリカに次ぐ世界2位の金額。

 こういった数字だけでも、イギリスの景気が悪くなれば、日本もかなりのダメージを受けることになる。
 
 EUはドイツの独り勝ち状態なので、イギリスとしてはその状況を看過できないというのもあるかもしれない。

 結果

 イギリス国民が出した答えは「EU離脱」であった。離脱票が51.9%、残留票は48.1%という僅差の結果である。投票率は72.1%という、非常に高い数字であり、イギリス国民の関心の高さが伺えた。

 【まとめ】

 イギリスは国民投票でEU離脱を選んだ。経済の見通しは不透明。首相は辞任。与党は権力闘争。野党も戦闘状態。 

 脱EUのプランがどこにあるのかわからない。

 ドイツやフランス・イタリアの首脳たちが「さっさと出てけ」と言っても、強制することはできない。EUもドイツ、フランス、イタリアなどのリーダー的国家がいろいろの問題で仲が悪い。決して過去の歴史上からイギリスに良い感情を持っておらず黙認している。


 仲の悪い隣国

 ・イギリスとフランス、ドイツ  ・日本と中国、韓国  ・ドイツとポーランド、ロシア  ・アメリカとキューバ  ・ギリシャとトルコ ・ウクライナとロシア  ・パキスタンとインド  イランとイラク  ・北朝鮮と韓国

 いつの時代も紛争が絶えない世界の国々。特に隣国は利害関係が重なるので問題が多い。

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    ☆イギリス略史

 古代

  ・石器時代から人が住んでおり、BC2500年~BC2000年頃にストーンヘンジを作る。

  ・BC700年頃、ケルト人(ヨーロッパ中・西部)が鉄器を携えて大陸からやって来た。

  ・BC55年、ローマのユリウス・カエサルが遠征し、ケルト部族を服従させた。

 ローマの支配

  ・AD43年、ローマ軍はケルト部族を平定していった。

 アングロサクソン人

  ・4世紀、アイルランド人等が侵略し、ローマはブリタニアを放棄し大陸に引き上げた。

  ・デンマークや北ドイツにいたゲルマン人の一派アングロサクソン人が進入。

  ・7世紀頃にはアングロサクソン人の7つの王国(七王国)がイングランドを支配した。    

   彼らの言葉が英語の基礎となった。

  ・スコットランドとアイルランドもゲルマン人には征服されず、ケルト系部族国家が続いた。

 ノルマン人

  ・9世紀、ノルマン人(ヴァイキング)が北フランスやイングランドなどを侵略。

 ノルマン王朝

  ・1016年、デンマーク王カヌート(クヌート)がイングランドを征服した。

   カヌーとはイングランド、デンマーク、ノルウェーを支配する北海帝国を築いた。

  ・1066年、イングランドはギヨームのノルマン人に支配されることになる。

 アンジュー帝国

  ・フランス王、イングランド王の婚姻関係が繰り返され、アンジュー帝国が続く。

 マグナカルタ(大憲章)

  ・王の権限を制限する法。王の権力を法で縛り、現代の法の支配や自由主義の原型となったものである。

 ウェールズ侵攻

  ・ウェールズ(現イングランドの西部)をイングランドの支配下とした。

 スコットランド侵攻

  ・1290年、スコットランドを侵略した。

  ・1328年、イングランドとスコットランドは和睦し、スコットランド独立戦争終了。

  ・イングランドとスコットランドはその後も争うが、1603年にスコットランド王ジェームズ6世がイングランド王と
   なって区切りがついた。

 百年戦争とばら戦争

  ・1339年、フランスの王位継承をめぐって百年戦争が勃発、ジャンヌダルクの活躍でイギリス領のボルドーが
   陥落しフランスから駆逐された。

  ・ばら戦争でヨーク朝を始めたが、国内は再び混乱し、各地に戦乱が起こった。

 チューダー朝

  ・1485年、ちゅーだーがチューダー朝を開いた。

 ヘンリー8世

  ・1501年、スペイン女王イサベルの娘キャサリンはヘンリー7世の長男アーサーの花嫁となった。その後王位
   はヘンリー8世へ。

 エリザベス1世

  ・1558年、エリザベス1世が女王に即位。

  ・エリザベスの時代(1558~1603年)がイングランドの黄金期で、国力は充実し、芸術や文化が栄えた。
   1600年には東インド会社が設立され、イングランドが世界貿易
の中心になっていった。 
   この時代にシェイクスピアが現れ多くの戯曲を残した。

 メアリー・ステュアート

  ・スコットランド王ジェームズ5世の長女メアリー・ステュアーがスコットランド女王となるが、トラブル続きで
   処刑される。

 アルマダの海戦

  ・1588年、スペイン無敵艦隊イギリス艦隊は勝つ。無敵艦隊の壊滅はスペイン衰退の一因となった。

 ステュアート朝

  ・1603年、独身を通したエリザベスには世継ぎがなく、スコットランド王ジェームズ6世がイングランド王
   ジェームズ1世として即位し、ステュアート朝を開いた。

   彼はメアリーステュアートの息子である。イングランドとスコットランドは、共通の王とそれぞれの政府・
   議会を持つ同君連合体制をとった。

 ピューリタン革命

  ・クロムウェルの活躍でピューリタン革命(清教徒革命)が起こり、イングランドは王政が廃止され共和制
  になった。クロムウェルはアイルランドやスコットランドに侵攻
した。その後第一次英欄戦争、スペインにも
  勝利し、軍事独裁をしく。

 名誉革命

  ・王政に戻り、1669年名誉革命。1707年、イングランドとスコットランドが合体して大ブリテン王国が出来、
   アンが最初の君主となる。

 植民地の拡大

   ・スペイン、ポルトガルに遅れて17世紀、オランダと共に大航海時代に入る。東インド会社はインドを
   植民地化、世界に植民地を広げる。

 産業革命始まる  
   ・1760年代から1830年代

 アメリカ合衆国の独立

   ・1776年、独立宣言。

   

 第1次世界大戦 1914年

   ・大戦後はかつて植民地であったアメリカに覇権を譲った。

 第2次世界大戦 1939年    
  ・東西冷戦の始まりで、アメリカの核の傘の中に入ることになった。

 グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(現在の国名となる)
  
1927年

 南アイルランドの分離 
  ・1949年、英連邦を離脱

 

 エリザベス二世女王即位
  ・現在に至る。 1952年

 拡大EC加盟
  ・1973年

 スコットランド独立選択選挙
   ・2014年独立は否決された。

 EU離脱の選挙
  ・2016年 離脱が51.9%、残留が48.1%という僅差の結果で離脱決定。 

   

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 旅は終えた・・・

 今回の旅の課題の一つは、EU離脱を決定したイギリスのその後の表情を窺う事であった。しかし反応を聞くまでもなかった。
 スコットランドを一日中バスで走っていても、長閑な牧草地帯が延々と広がるばかりである。ニュージーランドの景色を彷彿とさせた。そこでの国民の生活は羊の毛と羊肉は豊富で、しかも回りの海からの恵みも多い。住宅は有り余るほどの石で住宅を作れる。

 衣食住は満たされており、またエネルギー源の石油も北海油田から取れる。そういう生活が何百年も続いておりそれが伝統となっているのである。

 しかも古くは植民地として七つの海を支配した誇りさえある。産業革命の先達者でもある。今更誇りに思う文化を難民たちに乱されたくはないだろう。

 よく聞く人種差別がある。日本人がイギリスで仕事をしていると気に食わなければ「イエロージャップ!」と侮蔑されて泣きを見ると言う。そういう国民性だからこそ、わけのわからない移民や難民なんぞは迎えたたくは無いと言うのが人情であろう。

 しかもイギリスがEU離脱したので、スコットランドはまたまたイギリスから独立したい様らしい。

 時あたかもアメリカはあのトランプ次期大統領、フィリピンも個性のある大統領、ロシアのプーチンも領土拡大に躍起、北のあの将軍も生き軒昂、ドイツやイギリスとは昔から仲が悪い。イギリスの経済はそれなりに確立している。もう関与したくないだろう。

 EUの経験では、貧しい国に恵みや援助ばかり、与えるギブばかりでテークはない。
これ以上、EU他国とも関わりたくないだろう。

 旅を終えて、素晴らしい景観と牧歌的なスコットランドに移住したくなった。しかし・・・

                                              おわり

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